粗忽長屋
そこつながや
あらすじ
行き倒れの死体を「こいつは熊の野郎だ」と言い張る八五郎。当の熊五郎を連れてきて、本人に自分の死体を引き取らせるという不条理の傑作。
ここが聴きどころ
「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は誰だろう」。落語界随一の哲学的サゲ。
代表的な演者
柳家小三治立川志の輔
そこつながや
行き倒れの死体を「こいつは熊の野郎だ」と言い張る八五郎。当の熊五郎を連れてきて、本人に自分の死体を引き取らせるという不条理の傑作。
「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は誰だろう」。落語界随一の哲学的サゲ。
「抱いている俺は誰だ」のサゲ、これは実存哲学です。シュールという言葉が生まれる前からシュールをやっていた落語恐るべし。
初めて聴いたとき頭が混乱した。二度目で大笑いした。スルメ噺の代表格だと思う。